人生は哲学だ~凡人の生き様日記~

啓蒙思想家に憧れ。理想は新渡戸稲造。 レオナルド・ダ・ヴィンチよりも多趣味だと思いたい。学問的、哲学的、時にアニメとか映画、んで個人的な雑記で、理想は酒でも呑みながらある種の娯楽として楽しめるものになればといいな的ブログ

風邪ひいた時に書く文章に何らかの変化はあるのか。

昨日会社を早退した。

理由は風邪をひいて兎に角ボーッとしてしまうのと、これは今帰らないと次の日は確実に一日ダウンするだろうという危惧から大事をとった結果であります。

会社にいた時は(休憩のコーヒーがうめぇな。)
んで、都市部の緑の少ないコンクリビルだらけの1棟の窓から見える秋の独特の晴天の空の下を歩く歩行者やら景色やらを眺めていると頭の中にふとルネ・マグリットの『呪い』を思い浮かべるくらいの余裕さは風邪の初期症状なんてどうでも良かったのに、その後なんとなく(あ、これ下手すると明日駄目かもな。)と思ってから僕は早々の帰宅を選択した訳であ る。

そしたら『なんとなく』から『やっぱり』と確信の方向に体調は進んでいた。


そんな訳で今巨人に左右のこめかみ頭辺りを掌でぐぐぐ、と押されてるよつな鈍痛と、鼻か か水がアウト・オブ・オーダーである。

要は"Now my nose is running."

【ランニング】とはなかなか面白い表現だなぁ。

とまぁそんな感じで。
アウトローな僕が、今流行に乗っている風邪をひくのはもう悔しい。この一言に尽きる。


しかし風邪をひいた時はやはり何もかもが嫌なもののように世界が変わって見えるのはぼく僕けだろうか。

食事。会話。次の日のこと。

どれも面倒極まりない作業のように思えて仕方がない。

しかも本なんて読めない。
そこまで集中力も無ければ、その活字の世界のイメージの入り口で何かに引っ掛けられているような感じで中に入れない。

現実にぽつーんと置いてけぼりにされた気分だ。

しかしながら自分のアウトプットはこうしてこなせている。

水持ってきて。とか、病院に問い合わせたいから携帯とってもらえる?とか。

本当に風邪をひいた時はこうして動きたくても動けない(甘えだとは思うけどこの際だし)。
つい側に人がいれば頼んでしまうし。

とにかく床にふして別の世界に行きたくても門前払いを食らって、現実でコントロールが思うようにいかない頭を振りながらペンギンの如く歩くような感じになってしまっている。

ただ怠い感情が嫌いだし。
自分が風邪なんてひいてしまうことに甚だ遺憾だし。
とにかくもうマイナスな感情に体がなっしまうのがもう気に食わない。そんな感じだ。


一人暮らしの時は―約2年だったと思う―風邪を一度(だったと思う)ひいたことがある。

それはもう親も居なければ、看病してくれる人はまぁ、居なかったわけで。

そもそも友人、その他に態々風邪ひいたから来てよなんてことは言わないし言いたくない。

そんな訳で、だるい体で独りで過ごしたわけだが、これは誰にもお勧めできない。

必ず一人でも彼氏/彼女または友人を置くべきだと言える。

孤独の恐ろしさは一人暮らしで病気してみるとわかる。
両親も遠くに住んでいる場合がまさにそうである。

今の僕は付き添ってくれる人がいるから風を引いても何かと手を貸してくれるから良かったと思う。

孤独の風邪は二度と引きたくないものだとふと思い出した今日の朝である。

そして今日は、大事をとって一日欠勤の電話を入れた。

僕は、風邪をひいて無理して行くのは逆に周りに迷惑だと思う質だ。
それでも行くという人は確かに当たり前なのかもしれない。
でも、もし今日少しでも無理していって、本来休むべき日より倍も休まなきゃいけなくなったら、それほど迷惑なことはないだろう。

だから正直に話すし、自分の身体の感じを見て、変な話少し余裕を持って話をしておく。

ヤバくなって休みの連絡を入れるのはまぁ緊急ならまだしも、普通の風邪とかならなんとなくわかるだろう。

んで、休まなければ休まないわけなのだから僕はそういうことをさらっと言える関係であれば会社はもう少し良い環境になるんだろうなぁと思った。
僕の環境はとても良い方だな。ともおもった。